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長野地方裁判所 平成10年(ワ)12号 判決

原告

株式会社桜井設備工業

右代表者代表取締役

桜井一誠

右訴訟代理人弁護士

中山修

山岸重幸

被告

株式会社ホクシン

右代表者代表取締役

米山澄夫

右訴訟代理人弁護士

高橋聖明

主文

一  被告は原告に対し、金七七一万五五五〇円及びこれに対する平成一〇年一月三一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを四分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  被告は原告に対し、金一二八九万一四八〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(平成一〇年一月三一日)から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

被告とナミレイ株式会社(以下「ナミレイ」という。)とは、建設工事共同企業体(名称は、「ナミレイ・北信特定、建設工事共同企業体」である。以下「本件共同企業体」という。)を結成し、住宅・都市整備公団から長野市篠ノ井所在の南長野運動公園内体育館(温水プール棟)建設に係る機械設備工事(以下「本件機械設備工事」という。)を請け負ったが、原告は、本件共同企業体から、本件機械設備工事のうち空調設備工事の一部と衛生設備工事(これらを併せて以下「本件下請工事」という。)を下請負したと主張して、被告に対し、本件下請工事に係る追加・変更工事(以下「本件追加・変更工事」という。)の代金(及び訴状送達の日の翌日からの商事法定利率による遅延損害金)を請求するものである。

これに対し、被告は、本件下請工事契約が締結される前に、被告とナミレイとの間で本件機械設備工事をナミレイの単独施工として本件共同企業体をいわゆるペーパージョイントとする旨の合意がなされていたことなどから、本件下請工事契約は、原告とナミレイとの間で成立したものであって、原告と本件共同企業体との間で成立したものではない旨主張し、更に本件追加・変更工事は追加・変更工事としての実質を有さず、仮にその実質を有するとしても原告主張の代金額は相当でないなどと主張して争う。

右被告の主張に対し、原告は、右ペーパージョイントの合意により本件共同企業体が解消されていたとしても、被告は、商法二三条、民法一〇九条、一一二条などにより本件追加・変更工事契約の代金について支払義務を負う旨主張する。

したがって、本件の争点は、①本件下請工事契約は、原告と本件共同企業体との間で成立したものであるか、②そうでないとしても、表見法理などにより被告は本件下請工事について責任を負うか、③本件追加・変更工事の存否及びその代金の額である。

一  当事者間に争いのない事実

1  原告は、給排水、衛生設備、空気調整設備、消火設備工事の設計及び施行等を目的とする会社であり、被告は、上下水道及び給排水衛生設備工事の設計、施工並びに請負等を目的とする会社である。

2  被告とナミレイは、本件共同企業体を結成して、平成七年一月二四日、住宅・都市設備公団から本件機械設備工事を五億九一二二万円で請け負った。

二  当事者の主張の要旨

1  争点①について

(一) 原告

以下のとおり、原告は、本件共同企業体から、本件機械設備工事のうち、本件下請工事を請け負った。

(1) 本件共同企業体は、いわゆる甲型共同企業体と呼ばれる共同施工方式の共同企業体であった。また、共同企業体においては、幹事社が共同企業体を代表し、幹事社の名で第三者と契約することが多いところ、本件共同企業体の幹事社はナミレイであった。

(2) 原告は、かねてより取引のあった被告の依頼に基づいて、当初は被告に対し本件工事についての見積書を提出し、その後被告の指示により、幹事社であるナミレイと工事の範囲、金額について交渉を重ねた。

(3) 交渉の結果、原告は、平成七年九月から一一月までの間に、本件共同企業体との間で、原告が本件共同企業体から衛生設備工事を金六八〇〇万円で、空調設備工事の一部であるステンレス加工管の製造及び据え付け工事を金七〇〇万円で請け負うことを合意した(本件下請工事契約の締結)。

本件追加・変更工事は、本件下請工事の現場へのおさまり具合に伴う追加・変更工事であり、右追加・変更なくして下請工事自体ができなかったのであるから、本件下請工事と一体不可分のものであり、本件下請工事が本件共同企業体からの発注である以上、これもまた本件共同企業体から原告に発注されたものと解すべきである。

(4) 原告は、同年一一月二〇日ころ、本件下請工事契約についての見積書をナミレイ宛に提出した。本件共同企業体宛でなく、ナミレイ宛に提出したのは、ナミレイが本件共同企業体の幹事社であったからである。

また、原告宛の注文書もナミレイより送付されているが、これはあくまでもナミレイが共同企業体の幹事社として、ナミレイと共同企業体の他の構成員である被告を代理して、原告に注文書を提出したものである。

(5) 被告主張のとおり、被告とナミレイとの間で本件解消合意がなされていたとしても、かかる合意は、以下のとおり、公序良俗に反し無効である。

① 被告とナミレイが締結した特定建設工事共同企業体協定書(甲)の第一六条第一項によれば、「構成員は発注者及び構成員全員の承認がなければ、当企業体が建設工事を完成する日までは脱退することができない。」とされているところ、本件解消合意について発注者(住宅・都市整備公団)の承諾がなかったことは明らかであり、本件解消合意は、共同企業体協定書に違反した無効な契約である。

② 被告とナミレイ間では、本件解消合意を対外的に一切公表してはならない旨の合意があった上、対外的には共同企業体であることの体裁を整えるための様々な取極めがなされていた。これは、ナミレイ及び被告が本件解消合意の違法性を認識しつつこれを隠蔽するために行ったものである。

(6) 仮に、被告とナミレイとの内部間では本件解消合意が有効であったとしても、対外的に一切公表しない約定のもとで単独施工の合意を行い、利益配分を受けながら、自己の責任を追及されるや右合意の存在を主張して責任を免れようとすることは、クリーンハンドの原則に反し権利を濫用するものであり許されず、したがって、被告は、対外的には本件共同企業体の構成員としての法的責任を負う。

(二) 被告

(1) 被告とナミレイは、平成七年七月一四日、本件機械設備工事をナミレイの単独施工として本件共同企業体を内部的に解消し、いわゆるペーパージョイントとする旨の合意をした(以下「本件解消合意」という。)。

その後被告は本件機械設備工事の施工に一切関与しておらず、ナミレイと原告との間の下請工事についても全く関与していない。

本件追加・変更工事の前提である本件下請工事契約は、本件解消合意の後に締結されたものであるから、本件下請工事契約は、原告と本件共同企業体との間で締結されたということはあり得ず、原告とナミレイの間で成立したものである。

(2) 原告は、本件解消合意の特約は無効であるか又は第三者に対抗できない旨主張する。

しかし、ナミレイと被告との間で共同企業体が結成されたのは、ナミレイが大手の空調設備工事会社であっても単独では公団の工事を受注することができなかったことによる。即ち、本件共同企業体は、公団が中小建設業者の受注の機会増大を図るために業者に共同企業体を組ませてこれに公共工事を発注するという政策を採ったことにより、その受注のために結成されたものにすぎない。

右のような理由から結成された共同企業体については、共同施工の原則どおりに運営されないいわゆるペーパージョイントである共同企業体が少なくないのは建設界の常識であり、公知の事実である。

よって、本件解消合意を無効と解したり、第三者に対し主張することが許されないとすることは相当ではない。

2  争点②について

(一) 原告

(1) 前記のとおり、被告とナミレイとの間には、本件解消合意について一切公表せず、工事期間中に行われる式典、パーティー、広告等には被告も出席することとする旨の合意があり、実際にもそのとおり実行された。さらに、本件工事現場の事務所には、工事が終了し、現場事務所が撤去されるまで、本件共同企業体の看板が設置されていた。

以上のような事情からすれば、被告は、ナミレイに対し、被告との共同企業体の名称を使用して営業(請負工事)をすることを許諾したと認められ、また、原告は、本件解消合意を知らなかったため、被告が本件共同企業体の構成員であると重大な過失なく誤認し、本件下請工事契約の相手方を本件共同企業体であると信じてこれらの契約を締結したから、被告は、商法二三条に基づいて、本件共同企業体の構成員としての責任を負う。

(2) 原告は、本件下請工事契約の相手方を本件共同企業体であると過失なく信じて、本件共同企業体の幹事社であるナミレイと右契約を締結したものであり、一方、被告は、本件解消合意の後も、右合意にしたがって、外観上は本件共同企業体の構成員として行動していた。

したがって、被告は、民法一〇九条、一一二条により、本件解消合意によるナミレイの代表権の消滅を原告に対抗することができない。

(二) 被告

ナミレイは管工事A等級に認定されている大手の空調設備工事会社であるのに対し、被告は地元の中小企業であり、B等級業者にすぎない、原告は、本件下請工事の交渉等をナミレイとの間でしていたことなどから、ナミレイを本件共同企業体を構成する主力業者であると認識していたことは明らかであり、もう一方の構成員である被告に対しては、被告が本件共同企業体を脱退した後は、工事受注の挨拶すらしていないし、本件追加・変更工事について、被告に何らの連絡をしたこともない。

したがって、原告が、本件下請工事について、本件共同企業体からの発注であると信じていたとは考えられず、仮にそのように信じていたとしても、そう信じるについて過失(重大な過失)があったというべきである。

2  争点③について

(一) 原告

(1) 本件下請工事は、類設計事務所作成の設計図に基づいた見積書により発注された。しかし、現場での実際の工事は、右設計図に基づいて行われるのではなく、現場事務所の技術者が別途現場の状況に合わせて施工図を作成し、これを原告に交付し、原告は右施工図により実際の工事を行った。

本件の場合、設計図と施工図の内容は大幅に違っており、本件下請工事に大幅な追加・変更工事が必要となった。

すなわち、衛生設備工事については、外部排水管工事のレベルが全般に深くなり、それに伴って汚水枡、雨水枡、吊会所枡の大きさも変更された。

また、空調設備工事のうち原告が請け負ったステンレス加工管の製作・取り付けについては、原告から下請負した株式会社イシグロ(以下「イシグロ」という。)がシンワ工業株式会社(以下「シンワ工業」という。)に孫請けさせ、シンワ工業は、本件共同企業体による施工図に基づいてステンレス加工管を製作し、現場に搬入した。しかし、右施工図が現場の状況を正しく反映していなかったため、ステンレス加工管が現場に納まらず、原告はシンワ工業にステンレス加工管を再製作してもらい、現場に納めた。

以上の追加・変更工事の代金の額については、事前に協議されていないが、商法五一二条により被告は原告に対し相当の代金を支払うべき義務があり、その相当額は、次の①ないし⑪の合計額である金一二五一万六〇〇〇円(消費税を含む金額は一二八九万一四八〇円)である。

① 汚水枡、雨水枡、吊会所枡の変更 金二四〇万円

② 外部排水増工事 金四九〇万円

③ ステンレス加工管金三四〇万円

④ 温度計及び圧力計 二五万円

⑤ 給水引込み 金三〇万円

⑥ 各ラインポンプバイパス増

金一〇万円

⑦ 量水器 金二三万三〇〇〇円

⑧ プールサイドFR配管増

金三二万円

⑨ ポンプアップ配管、圧力配管用F継手 金一四万円

⑩ 濾過室 金二六万円

⑪ 濾過室内吊バンド等

金二一万三〇〇〇円

(2) 仮に右相当額から値引きをすべきであるとしても、もともとの衛生設備工事についての見積額に対する発注代金の割合、すなわち59.85パーセントを乗じた額を代金額とするのが相当であり、また、それは前記①及び②についてのみ行うべきであり、③ないし⑪については、原告が下請(孫請)業者に支払うべき金額であって、このような値引きを行うべき事情がないから、九五八万五〇五〇円(消費税別)を本件追加・変更工事代金とすべきである。

被告は、原告主張の本件追加・変更工事の見積額に、最も値引率の大きいステンレス加工管の見積額に対する受発注額の割合34.97パーセントを乗じた額にすべきであると主張するが、ステンレス加工管の注文金額が見積書の金額を大幅に下回ったのは、発注段階以前にステンレス加工管の長さが一二〇メートルも短くなったことによるのであるから、衛生設備工事の追加・変更工事代金に右値引率を乗じるのは妥当でない。

(二) 被告

(1) 原告の本件追加・変更工事の代金請求は、原告が、本件工事の完成後、シンワ工業から原告に請求書が提出されて赤字工事であることが判明したため、ナミレイに対し「南長野運動公園の工事について、実は、ステンレス加工管に足が出ているので、何とか追加を見てくれないか。」と依頼したものであり、原告の杜撰な実行予算の組み方が原因であると解され、ナミレイが下請会社であった原告の本件下請工事の損失分を道義的に補填するかどうかの問題にすぎない。

原告は、本件追加・変更工事のうち衛生配管工事の変更やステンレス加工管の作り直しは、発注者の責任であると主張するが、原告とナミレイは、施工図に基づいて現場にて協議し、工事内容を事前に確認しているのであり、ナミレイ若しくは本件共同企業体が法的な責任を負うべきものではない。

(2) 仮に原告の本件追加・変更工事代金の請求が認められるとしても、その代金は、事前に金額の合意がなされていないから、原告とナミレイとの間で合意された他の工事にかかる見積額と受発注金額の割合によって算出するのが相当である。

この点、前提となる本件下請工事における見積書記載の金額と受発注額の割合は、衛生配管工事について59.85パーセント、空調設備工事のステンレス加工管工事について34.97パーセント、厨房配管工事について48.78パーセントとなっている。

本件追加・変更工事代金は、事前に原告とナミレイとの間で金額の合意がなされていない以上、ナミレイの利益に解すべきであり、空調設備工事のステンレス加工管に関する見積額と受発注金額の割合34.97パーセントを見積書記載の金額に乗じて、金四六五万八一〇九円(消費税込み)となる。

原告は、ステンレス加工管の作り直し等の見積額については、原告がそのまま孫請会社に支払わなくてはならない金額であるから、値引きは問題とならないとする。

しかし、いずれも追加・変更工事として主張する以上、原告が孫請会社に支払わなくてはならないかどうかによって代金の算出方法を別異に取り扱うべき理由にはならず、原告の主張は妥当でない。

第三  当裁判所の判断

一  第二の一の各事実、証拠(甲第一ないし第二七号証、乙第一ないし第一三号証、証人菊池克己、同仲俣晃伸及び原告代表者尋問の結果)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実を認めることができる。

1  平成六年一一月一〇日、住宅・都市整備公団は、本件南長野運動公園プール棟機械設備工事について公示した。

右公示によると、ナミレイが管工事A等級に認定されている大手の空調設備工事会社であっても単独では右工事の競争入札に参加することができないため、ナミレイは、管工事B等級に認定されている地元業者である被告との間で、概要次のような内容の特定建設工事共同企業体協定書を作成し、本件共同企業体を結成した。

① 本件共同企業体は、住宅・都市整備公団発注にかかる本件機械設備工事(当該工事内容の変更に伴う工事及び追加工事を含む。)の請負およびその附帯事業を共同連帯して営むことを目的とする。

② 本件共同企業体の構成員は、ナミレイと被告であり、ナミレイを代表とする。

③ 代表者は、本件機械設備工事の施工に関し、本件共同企業体を代表して、発注者及び監督庁と折衝する権限並びに自己の名義をもって請負代金の請求、受領及び本件共同企業体に属する財産を管理する権限を有する。

④ 出資割合はナミレイが八〇パーセント、被告が二〇パーセントとする。

⑤ 各構成員は、本件機械設備工事の請負契約の履行に関し、連帯して責任を負う。

⑥ 本協定書に基づく権利義務は他人に譲渡することはできない。

⑦ 構成員は、発注者及び構成員全員の承認がなければ、本件共同企業体から脱退することはできない。構成員のうち、工事途中において前項の規定により脱退した者がある場合には、残存構成員が共同連帯して本件機械設備工事を完成する。

2  本件共同企業体は、本件機械設備工事の競争入札に参加し、平成七年一月二四日、金五億九一二二万円(消費税込み)にて受注した。

3  原告は、平成七年三月中旬、以前から取引のあった被告の設備課長池浦繁雄(以下「池浦」という。)から、右機械設備工事一式について下請負の打診を受け、同年四月上旬、原告は、被告代表取締役や被告営業部次長仲俣晃伸(以下「仲俣」という。)らと打ち合わせをし、本件共同企業体が請け負った本件機械設備工事につき原告に仕事を依頼したいこと、本件共同企業体の幹事社はナミレイであることなどを聞かされた。

4  これを受けて原告は、同年四月二一日ころ、被告に対し、被告宛の本件機械設備工事一式の見積書(見積額金四億七七五二万円、値引額金二八五二万円、差引四億六〇〇〇万円)を作成提出した。これは、被告から渡された金額の記入されていない総括表に金額を記入したものだった。

5  その後、原告は、被告から、本件機械設備工事一式のうち、設備工事についての見積りを依頼され、同年五月一八日ころ、「ナミレイ・北信JV」宛の見積書(総額一億九八〇二万円)を被告に提出したところ、被告から本件共同企業体の幹事会社はナミレイであるからナミレイへ提出するようにとの指示を受け、原告は、ナミレイの従業員であり本件共同企業体の現場事務所長である菊池克己(以下「菊池」という。)へもこれを提出し、その後、原告は菊池との間で、右見積書をもとに工事の範囲、金額等について交渉を続けた。

6  原告は、平成七年四月二九日ころまでに、ナミレイから、本件工事現場の建物全体についてのスリーブ工事(配管工事をするために、建物の基礎などに配管のためのスペースを造る工事)を依頼され、そのころ、これに着手し、その後、この代金については、数回に分けてナミレイから支払を受けた。

7  被告は、その間である同年四月二八日、本件機械設備工事に係る施工権をナミレイに譲渡し、その施工に参加しないことを決め、同年七月一四日ころ、被告とナミレイは、本件機械設備工事に係る被告の施工権をナミレイに譲渡して同工事をナミレイの単独施工とすること、被告が五パーセントの利益配分を受けることに合意し、その旨の覚書を取り交わした(本件解消合意の成立)。その際、被告とナミレイは、本件解消合意について他には一切公表しないこと、被告は本件機械設備工事に関連する行事、式典、広告等には参加することをも合意した。

被告は、右合意が成立するころまで、本件工事現場に従業員である梶昌幸らを派遣しており、平成八年一〇月の工事完成まで現場には本件共同企業体の看板が掲げられていたうえ、被告の従業員などは、本件機械設備工事に関連して行われる式典、パーティー等に出席していた。また、被告は、右合意に基づき、ナミレイから約五九〇万円の金員を受領した。

8  原告は、平成一〇年一月に被告から通知を受けるまで、本件解消合意がなされたことを知らなかった。

9  原告代表者は、平成七年一二月ころまでの間に、現場事務所長である菊池との間で、原告がナミレイから衛生設備工事を金六八〇〇万円(税別)で、空調設備工事の一部であるステンレス加工管の製造及び据え付けを金七〇〇万円(税別)で請け負うことを合意した。

これに先立つ同年一一月二〇日ころ、原告は、菊池の指示により、右各工事に係る見積書(衛生設備工事につき一億一三六一万円、ステンレス加工管につき二〇〇一万六〇〇〇円)をナミレイ宛に提出した。この見積書は、類設計事務所が当初作成した設計図に基づいて作成されており、本件追加・変更工事の項目は加味されていなかった。

10  本件下請工事は、遅くとも平成七年一二月中には着工されたが、類設計事務所が作成した設計図によるのではなく、現場事務所にてナミレイ従業員である本間らが順次作成した施工図により施工すべきこととされた。

右設計図と施工図には相違点があったため、当初の見積書とは異なる内容の追加・変更工事が行われた。すなわち、配管の深さが深くなったことなどから(例えば、汚水排水については、もともとの設計では地表下四五〇ないし一六九〇ミリメートルであったのに対し、施工段階では地表下九四〇ないし一六五〇ミリメートルに変更された。)、増工事が必要となり、汚水枡、雨水枡、吊会所枡の大きさも変更された。

また、ステンレス加工管については、原告がイシグロを通じて請け負わせていたシンワ工業がナミレイの作成した施工図に基づいて製作したが、当初製作された加工管が他の部品に当たるなどして現場のおさまりが悪かったため、シンワ工業が再度製作・設置した部分があった。

さらに、原告は、現場監督の指示により、機械室に温度計及び圧力計の設置、水道の本管から受水槽までの給水引き込みのためのステンレス加工管三〇メートルの増設、給湯ポンプの故障に備えたバイパスの設置(四か所)、プールサイドFR配管の延長(三〇メートル)、ポンプアップ配管圧力配管用F継手の増設(二四か所)、濾過室の配管延長(三〇メートル)、濾過室内の吊りバンド等の材質変更を行ったほか、見積段階では本件共同企業体から支給の予定であった量水器を、現場監督からの要請により、原告が購入して設置した。

以上の追加・変更工事の代金等については、本件工事現場では原告と現場事務所との間で協議はなされていなかった。

11  平成八年一月八日、ナミレイは原告に対し、衛生設備工事について注文書(総額六八〇〇万円・税別)を送付し、同年二月五日、ステンレス加工管工事について注文書(総額七〇〇万円・税別)を送付した。

右各注文書記載の金額は、当初の設計図をもとにして原告が作成した平成七年一一月二〇日付見積書をもとに算定されたものであり、追加・変更工事は考慮されていなかった。

12  本件下請工事(本件追加・変更工事を含む。)は、平成八年一〇月一五日ころ竣工した。

13  原告は、平成九年四月、菊池に対し、本件追加変更工事について同年三月三一日付で作成した見積書(総額一二六八万六〇〇〇円)を示し、本件追加変更工事の代金を請求した。その内訳は次のようなものであった。

① 汚水枡・雨水枡・吊会所枡変更

金二四〇万円

② 外部排水増工事 金四九〇万円

③ ステンレス加工管手直し分

金三四〇万円

④ 温度計及び圧力計(機械室)

金二五万円

⑤ 給水引込み 金三〇万円

⑥ 各ラインポンプ バイパス増

金一〇万円

⑦ パイプサイレンサー 増

金一七万円

⑧ 量水器 金二三万三〇〇〇円

⑨ プールサイドR配管増

金三二万円

⑩ ポンプアップ配管 圧力配管用F継手 金一四万円

⑪ 濾過室 金二六万円

⑫ 濾過室内吊バンド、uバンド及びアングル 金二一万三〇〇〇円

しかし、ナミレイは、平成九年一〇月二九日ころ、会社更正手続開始決定の申立てをして事実上倒産した。原告は、ナミレイより本件追加・変更工事の代金の支払を受けていない。

二  争点①について

前判示のとおり、原告は、平成七年九月から一二月までの間に、ナミレイ従業員であり現場事務所長である菊池と交渉の末、本件下請工事の範囲及び代金について合意に達し、そのころ原告とナミレイとは本件下請工事契約を締結したこと、ナミレイは、本件共同企業体のいわゆる幹事社であり、単独で本件共同企業体を代表して下請会社と契約を締結する権限があったことが認められる。

しかしながら、右契約締結に先立つ同年七月一四日、被告とナミレイとの間では本件解消合意が成立していたのであるから、本件下請工事契約は、当然には被告にその効力が及ぶものではない。

この点、原告は、ペーパージョイントの合意が公序良俗に反し無効であるとか、この合意を楯に共同企業体の構成員としての責任を免れようとするのは権利の濫用であるなどと主張するけれども、ペーパージョイントの合意について悪意の者を保護すべき理由はないことなどからすると、右主張をにわかに採用することはできない。

三  争点②について

1  しかしながら、共同企業体(共同施工を目的とするいわゆる甲型共同企業体)が内部的にこれを解消する旨の合意をしたのに、このことを知らない取引先が、当該共同企業体との取引であると誤認して、施工権を有する企業と取引行為を行い、かつその誤認について重大な過失がない場合には、商法二三条、民法一〇九条、同一一二条の法意に照らして、当該共同企業体の構成員は、それがペーパージョイントであることをもって対抗することができないというべきである。

2  前判示のとおり、本件共同企業体は、共同施工を目的とするいわゆる甲型共同企業体であったこと、原告がナミレイより本件下請工事契約を締結するに至る経過において、平成七年四月ころ、被告は原告と打ち合わせをし、その際、本件機械設備工事は本件共同企業体が受注した工事であり、本件共同企業体の幹事社はナミレイであるとの説明をし、右工事に係る見積書の提出を依頼したこと、原告は被告に対し、同年四月二一日ころ、被告宛に見積書を提出し、同年五月一八日ころには、被告に対し、工事の範囲を設備工事のみに絞った見積書を「ナミレイ・北信JV」宛に提出したが、被告から本件共同企業体の幹事社はナミレイであるからナミレイに提出するよう指示され、ナミレイに提出し直したこと、被告は、本件解消合意が成立するころまで、本件工事現場に従業員を派遣していたこと、本件工事現場には、工事終了まで本件共同企業体が施工者である旨の看板が掲げられていたこと、被告とナミレイは、本件解消合意を一切公表しないことを合意し、被告は、右合意に基づき、本件機械設備工事に関連する式典等にも参加していたこと、原告は、平成一〇年一月に被告から通知を受けるまで、本件解消合意が成立した事実を知らなかったこと、以上の各事実が認められ、これらの事実からすると、原告は、本件共同企業体と本件下請工事契約を締結したものと誤認し、かつ、そのように誤認したことについて過失がなかったものと認めることができる。

3  そうすると、被告は、原告に対し、本件共同企業体がペーパージョイントであったことをもって対抗することができず、本件下請工事について、本件共同企業体が請け負わせたものとして、その構成員としての義務を負担するというべきである。

4  被告は、共同企業体は、一般に公共工事受注の便宜として結成されるため、これをペーパージョイントとすることが世上稀とは言えないこと、本件解消合意以降、被告は本件機械設備工事自体には全く関与していなかったこと、原告は被告に対し工事受注の挨拶もしていないことなどの事情から、原告はナミレイと契約する意思で本件下請工事契約を締結したものである旨、あるいは原告が本件下請工事契約の相手方を本件共同企業体であると誤認していたとすればそのことについて過失がある旨を主張する。

確かに、ナミレイと原告は、ナミレイの名で又はナミレイ宛てに本件下請工事契約の受発注に係る書類をやりとりしているけれども、本件共同企業体協定書によれば、被告とナミレイは、ナミレイが本件共同企業体を代表し、自己の名義をもって請負代金の請求、受領などを行う権限があるとすることに合意しており、実際、証人菊池によれば、特定の工事に係る共同企業体が第三者と契約するときには、幹事会社(代表者)が当該会社の名で契約する場合が多いというのであるから、右の事実をもって前記2ないし3の認定判断を覆すものということはできない。

また、ペーパージョイントが世上稀でなく、被告が本件解消合意以降、本件機械設備工事自体に関与していなかったとしても、前判示のとおり、被告とナミレイとが本件解消合意の秘匿を約し、本件共同企業体の存続を仮装していたことからすると、本件共同企業体がペーパージョイントであることを原告において知り得たとは考えにくく、他にこのことを知り得たとする事情は特に見当たらない。

また、本件解消合意の後、被告に対し原告が何の連絡もしなかったとしても、本件共同企業体の現場事務所に居た者がナミレイの従業員であり、原告としては、本件下請工事の遂行のためには現場事務所に相談すれば足り、原告が被告に連絡すべき事項は特になかったと考えられることからすると、そのことは特に異とするに足りない。原告が被告のところへ本件下請工事受注の挨拶に行かなかったことについては、それが業界の慣行に反するか否かはさておき、原告が本件共同企業体のペーパージョイントであることを知っていたか否かとは何らの関連性も認めることができない(むしろ、原告がそのことを知っていたとすれば、原告としては、被告を本件下請工事の第三者的な仲介者と認めて、挨拶に行くべきであったということもできる。)。したがって、原告が被告に対し工事受注の挨拶すらしなかったということを根拠として原告が本件共同企業体のペーパージョイントであることを知っていたと認めることはできない。

なお、被告は、原告が、もっぱらナミレイの支払能力のみに着目して本件下請工事を請け負ったと主張するが、そのような事実を認めることはできない。また、被告は、原告が、ナミレイを本件共同企業体の主力業者であると認識して本件下請工事を請け負ったと主張するが、仮にそうであるとしても、被告が本件下請工事に係る責任を免れる理由とはならない。

他に前記2ないし3の認定判断を覆す証拠はない。

5  以上によれば、そのほかの点について判断するまでもなく、被告は、本件共同企業体の構成員として、商法五一一条一項に基づき(前判示一の1の⑤は、同法条により共同企業体の構成員が対外的に連帯債務を負担することを共同企業体の構成員間で相互に確認したものと解される。)、本件下請工事契約上の債務について、ナミレイと連帯して履行する義務を負うというべきである。

四  争点③について

1  本件追加・変更工事代金の支払義務について

(一) 被告は、原告とナミレイは、施工図に基づいて現場にて協議し、工事内容を事前に確認しているのであるから、本件追加・変更工事が必要となったのは、原告の杜撰な実行予算の組み方が原因であり、右工事代金をナミレイ若しくは本件共同企業体が負担すべきかどうかは、元請企業が下請工事の損失分を道義的に補填するかどうかの問題にすぎず、法的な責任によるものではないと主張する。

(二) しかしながら、衛生設備工事について、前判示のとおり設計図と施工図との間には相違点が認められ、原告は、右施工図に基づいて実際の施工をしたと認められるところ、甲第九、第一〇、第二一ないし第二三号証によれば、右施工図の大半は、ナミレイが原告に対し注文書(総額六八〇〇万円)を送付した平成八年一月八日以降に作成されており、それ以前に作成された施工図と設計図との違いについても、右注文書の金額に反映していることを窺わせる証拠はなく、証人菊池も枡の大きさの変更までは発注の段階では協議していなかった旨供述していることからすれば、右相違点は、本件下請工事代金(六八〇〇万円)に反映されていなかったものと認められる。

そして、設計図も施工図も注文者であるナミレイ側で作成したものであること、証人菊池も、金額はともかく追加・変更工事についてある程度の金員を支払うべきものと認識していた旨述べていること、本件追加・変更工事について無償とする合意があったとする証拠は全くないことからすると、原告とナミレイとの間では、本件下請工事契約を締結したころ、あるいはそれ以降、その契約の一部として、設計図と施工図とが異なる部分及び現場における指示により追加・変更された部分については、それらによる増加費用を後日精算する余地のあることが黙示的に合意されていたと推認することができ、この推認を覆す証拠はない。確かに、前判示のとおり、原告が菊池に本件追加・変更工事代金を請求したのは、本件下請工事竣工から約半年後のことであり、原告代表者本人によれば、これは、下請業者などからの請求を受けて本件下請工事が赤字となっていることに気付いたからというのであり、赤字となっていなければ本件追加・変更工事代金を請求する意思はなかったことが窺われるけれども、そうであるからといって、本件追加・変更工事がいわゆるサービスとして行われたと認めることはできないのである。

しかるところ、前判示のとおり、原告の主張する本件追加・変更工事の内容は、衛生設備工事に係るものについてはすべて、設計図と施工図との違い又は現場におけるナミレイの指示により行われたものであると認められるから、ナミレイ及び被告は、その増加代金を支払うべきである。

また、ステンレス加工管については、甲第二七号証、甲第一一号証の三の一三及び弁論の全趣旨によれば、シンワ工業が、ナミレイの従業員である江川、秋保らから送付を受けた施工図をもとに図面を作成し、これについて江川、秋保らのチェックを受けた上、これに従って製作したものと認められ、したがって、その作り直しが必要となったのは、もっぱらナミレイ側に責任があるものと認められるから、ナミレイ及び被告は、これによる増加代金を支払うべきである。証人菊池は、当初製作のステンレス加工管が現場に適合しなかったのは原告が現場での採寸を誤ったからであろうと述べているが、この供述は、確実な記憶に基づく供述であるとは認められず、また、この供述を裏付ける証拠もなく、右認定判断を覆すものとはいえない。

2  本件追加・変更工事代金の金額について

(一) 前判示のとおり、本件追加・変更工事に係る代金額については合意がないが、原告は、商法五一二条に基づき、右工事について相当の代金を請求しうるというべきである。

(二) 原告代表者本人、弁論の全趣旨によれば、本件追加・変更工事について原告の主張する見積額は、減工事となった部分については減額がなされているなど、見積額として一応適正なものと認めることができる。ところで、本件下請工事における見積額に対する発注額の割合は、衛生設備工事について59.85パーセント、空調設備工事のステンレス加工管工事について34.97パーセント、厨房配管工事について48.78パーセントとなっている。すると、本件追加・変更工事についても、原告主張の見積額が当然に相当な代金であると認めることはできず、右見積額から適正な値引きを行うべきものと認められる。

(三) そこで、次に、その値引率について検討する。

証人菊池の証言によれば、ステンレス加工管の製作・取り付けについて、当初の見積額二〇〇一万六〇〇〇円に対し受発注額が七〇〇万円と著しく減額されたのは、当初の見積段階よりその長さが一二〇メートル短縮されたことによることが認められる。そうすると、本件追加・変更工事について、このような特別の事情を含む値引率を採用するのは妥当でない。また、厨房配管工事については、本件追加・変更工事の前提となる本件下請工事の範囲には含まれないものであり、金額の小さい工事でもあるから、厨房配管工事についての値引率を採用するのも妥当でない。

そうすると、本件追加・変更工事に係る値引きとしては、衛生設備工事の見積額に対する受発注額の割合である59.85パーセント(値引率としては40.15パーセント)を適用するのが比較的に合理性が高いというべきである。

(四) 弁論の全趣旨によれば、ステンレス加工管などの代金については、原告がその下請(孫請)業者から請求を受けている金額に準じる額であることが認められるが、現実に原告がこれを支払ったとする証拠がないこと、汚水枡や雨水枡などについても原告が他から購入して本件下請工事に供したものと推測され、これらとステンレス加工管などと別異に取り扱うべき事情は特段見当たらないこと、当初の見積額についても外注による部分をある程度含んでいたと認められることなどからすると、本件追加・変更工事に係る原告の見積額の一部について値引きを行わない理由はないというべきであり、その全体について前記の値引率を適用した額をもって、右工事の相当代金であると解すべきである。

(四) よって、被告が原告に支払うべき本件追加・変更工事の代金額は、七四九万〇八二六円(一二五一万六〇〇〇円に59.85パーセントを乗じて得られる額)及び消費税(三パーセント)の合計額である七七一万五五五〇円であると認める。

五  以上のとおり、原告の請求は、金七七一万五五五〇円及び平成一〇年一月三一日から支払済みまで年六分の遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第六一条、六四条本文、仮執行の宣言につき同法第二五九条一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官針塚遵)

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